1994年のLinux Journalを読 む

 本誌『Linux Japan』の提携誌 (でいい のかな)である『Linux Journal』(以下LJ)は 1994年3月に米国で創刊された世界初の Linux専門誌であり,1996年10月現在まで に31号が発行されています。ここでは,こ の米国雑誌を手に取ったことがない方のために, 同誌の持つ雰囲気をお伝えするという目的 で,LJの創刊年当時のバックナンバー3冊 から主要な記事をパラパラと拾ってみるこ とにします。

1994年6/7月合併号(通巻第3号)

 創刊当時のバックナンバーを読み直すの であれば,当然その創刊号から紹介するの がスジというものですが,残念ながら筆者 の手元にはこの号からしかありません。ま ぁでも,この号から出版社がSpecialized Systems Consultants,Inc(SCC)に変わって ,それ以降ずっと同社から出版されている という事実,それに一応雑誌としての体裁 が整ったのもこの号からである(写真で見 る限り,通巻第1号および2号では表紙から いきなり本文記事が始まっており,いかに もニューズレター然とした体裁)という事 実もあり,第3号をLJ新創刊号として考え てもいいと思います。

 Usenet(ネットニュース)のcomp.os.linux(というニュースグループ)かなんかに流れ ていたLJ誌創刊のpostingを読んで,さっ そくSCCに手作りのフォームで定期購読を 申し込んだ(当然、国際郵便で)ところ,しばらくして届いたの がこの号でした。その時,やけに薄っぺら い雑誌だなぁと感じたのを覚えています。実 際,表紙も入れて総ページ数は48ページで す (現在はちょっと厚くなって82ページ) 。でも,薄いだけあって定期購読料は他の 米国雑誌(『DDJ』や『C Journal』など)と比べると 非常に安かったです(米国内なら1年間で19 ドル,日本からだと1 年間で29ドル)。

 さて,内容はと言うと,巻頭記事がWWW に関する概説です。WWWとは何か?から説 き起こして,HTTP,HTML,Mosaicといった 一連のWWWタームのグロサリまで付けてあ ります。

 入門者向けの記事としては,free,top , psの各コマンド出力の意味,およびユ ーザが利用可能なメモリ量を増やすための テクニックを概説した「Linuxのメモリ使 用を最適化するコツ」。また,「自分自身 のファイルシステムを作ろう」では, fdisk, mke2fs,ls,cd,pwd,rm,tarの 各コマンド,および/etc/fstab, /etc/inittabファイルに関して丁寧に説明 してあります。あと,当時のbashのメンテ ナンス担当者自身によるbashの解説記事も あります。

 やや専門的な記事としては,icmake(Cラ イクな命令をmakefileに記述できるmakeの バリアント),sendmail+IDA(sendmail.cf のカスタマイズを簡単に行なえるようにし たパッケージ)に関するものがあります。 読み物としては,Linux配布パッケージの1 つであるDebianの開発およびメンテナンス プロジェクトがいかにオープンに行なわれ ているかという記事を,同プロジェクトの 中心人物であるIan Murdock氏が書いてい ます。

 こうして改めて内容を確認してみると, LJ誌が初心者から中級者までをターゲット とする記事を結構バランスよく配列してい ることが分かり感心してしまいます。特に 一連の入門記事などは,UNIXなんて一度も 使ったことのないユーザを対象としつつも ,不愉快でない程度の懇切丁寧さを以て書 かれており,その内容は現在でも陳腐化し ていません。

 ところで,この号から編集長を担当して いるのは,Michael K. Johnson氏(フリー ドキュメント“The Linux Kernel Hackers' Guide”の著者)です。 Johnson 氏は,この号では「VT インタフェースの プログラミング」という記事を書いていま す。私(筆者)は,このJohnson 氏が割と好 きでして,それは氏のLJ誌の編集方針およ び氏が提供した記事には「初心者は馬鹿で あり,(たとえば)カーネルの話なんかした ってどうせ分かりっこない」的な態度がな いからです。私はいまだにデバイスドライ バはおろかカーネルのソースにすら手を触 れたこともないズボラなユーザなのですが ,最近一念発起しJohnson氏の“ Kernel Hackers' Guide”のコピーを入手しました 。近々,こいつを勉強がてら翻訳してみよ うかなどと思っています。なお, Johnson 氏は結局1996年9月号(通巻第29号) までLJ 誌の編集長を勤めた後, Linuxの商用配布 CDを出しているRed Hat Software社に移る ことになります。

 さて,この号からのLJ誌の発行人であり ,今もって同誌の発行人であり続けている 人物がSSC社のPhil Hughes氏です。Hughes 氏はこれ以降の号でもライターとしてしょ っちゅう登場しており,1996年 9月号(通 巻第29号)ではLinus Torvalds氏へのイン タビュアーもこなしています。第 3号では ,Hughes氏は「みんな,Linuxのことを本 気で考えようぜ」(“Let's Take Linux Seriously”)と題するエディトリアルを書 いています。その中で,Hughes氏は Linuxをホビーとして(だけ)ではなくビ ジネスとして使っていこう!とLinux Communityの予備軍に対して強く呼びかけ ているのです。SSCという会社はUNIX(や MS-DOS 5/6)関係のポケットリファレンス などの書籍を発行しているだけでなく, 1980年あたりからUNIXに関するコンサルテ ィングやトレーニングサービスを行なって きた会社のようです。Hughes氏が実際にコ ンサルティング業務に関わっているのかど うかは知りませんが,このエディトリアル で同氏は,なんというかオッサン向けビジ ネス雑誌風のコンピュータコンサルティン グおよび販売ビジネス開業指南を披露して います。たとえばこんな具合です:

 「コンピュータシステムを売るために超 えなければならないハードルは今も昔も次 の5つだけだ。1.ハードウェアを調達する こと,2.ソフトウェアを調達すること,3. これら必要なものを組み合わせて1つにす ること,4.顧客を見つけてそれを売ること , 5.自分が売った物に関するサポートを 提供すること…」そして「Linuxには汎用 的なビジネスソリューションがいまだ存在 しないので不利だと思うかもしれない。し かし,次の点からLinuxは顧客に対するベ ターなソリューションとなる。1.Linuxは (ほとんど)無料であるからソフトウェアの 調達コストを最小化できる。2.Linuxおよ びその上で動くフリーなアプリのソースを 自分でハックするなら商用アプリに馬鹿高 いライセンス料を払う必要はない(自分で ハックしないのなら誰かハックできる奴を 雇えばいい)。3.このようにして,結局商 用 OSの代わりにLinuxを導入することで, 顧客の支払うべき費用を大幅に下げること ができる…」

 結論として,Hughes氏はLinuxを使った 企業でのインターネット/イントラネット の構築,Linux上で動作する会計ソフトや データベースソフトの開発などをプログラ マおよびコンピュータコンサルタント志望 者に強く勧めています。なんか「アッメリ カ人やなぁ〜」と言いたくなるよな粗い文 章なんですが,彼がLinuxは一部のマニ ア向けのオモチャではなく,実際のビジネ スでも立派に使えるOSなんだと言いた くなる気持ちはよくわかります。ほとんど の企業人にとって,ソース公開が前提のフ リーソフトOSなどはキワモノでしかない でしょうから。

1994年9月号(通巻第5号)

 この号では,Matt Welsh氏(O'Reillyか ら出版されている書籍“Runninng Linux” の著者の1人で,Linux Documentation Projectの中心人物)が書いた「Emacs:敵か 味方か?」というEmacsのチュートリアル 記事が巻頭を飾っています。同じ号で, Welsh氏は,“Thou Shalt Not Use MS-DOS ” (「汝, MS-DOSを使うことなかれ」)と いうタイトルでややウケ狙いのコラムを書 いています。その中でWelsh氏は,なぜ自 分がLinuxを my OSとして選んだかを次の ように説明しています:深夜,Welsh氏が MS-DOSシステムで仕事をしていると,雷鳴 と共に神様(これはRichard StallmanでもLinus Torvaldsでもなく本物 の神様だそうだ;-))が現れて,「Linux を使え」と言い, Linux FAQをダウンロー ドできるFTPサイトのアドレスを残して去 って行ったのだそうだ。あらま。

 で,なぜLinuxなのかという問に対する 真面目な答えとしては,結局Linuxがソー スコードを公開しているOSであり,思う存 分カーネルのハッキングができること,そ れとLinuxがGPL(GNU General Public License)によって庇護されている唯一 のフリーOS(神話上の存在を除く)であ ることを挙げています。Welsh氏は,第3号 では「もし Microsoft社がLinuxがフリー であることに目を付けて,多大な開発人員 を投入した結果,“Microsoft Linux NT” を商品として発売してしまったらどーする ?それ考えると夜も寝られなくて」(大意) という話を書いています。この話のオチと しては,Linux はGPLによって庇護されて いるから大丈夫なんだ,もしMicrosoft社 が Linuxのカーネルのソースコードを改変 した場合には,その結果生成されたソース をフリーに公開しなければならないんだか ら,となっています。Welsh氏は, Linux の商用開発には懐疑的であり,それを歓迎 することは, Linuxがボランティアによる do-it-yourself精神で作られたハッカーの ためのOSであることを忘却しているのでは ないかと強調しています。これら一連のコ ラムを読む限り,Welsh氏は根っからのホ ビーストのようです。Linuxは彼の玩具で すから,Linuxによるビジネスが現在成り 立たないとしても,彼はLJ編集人 (であり かつ商売人の)Hughes氏みたいにはストレ スを感じないのでしょう。











1994年12月号(通巻第8号)

 この号の表紙には驚きました。どこの世 界に,幼い子供たちの書いた図画の展覧会 のスナップショット(ただ絵を単純に並べ ただけ)を表紙にするコンピュータ雑誌が あるかってーの。本文中の解説によると, これは子供達が描いた「Linuxの絵」 (“ Linux”という言葉から喚起されるイメー ジ)を読者に公募した結果集まったものだ そうで,そう言えば「Linux Communityに 寄与したいと思っている子供達はいません か?」という募集要項が1994年9月号に載 っています。これ,ちょっと勘ぐるならば , Linuxってのは一部のマニア向けの珍奇 な OSなんかじゃなくて,家庭を持ってい る社会的に健全な常識人が使っているOSな んですよー,ということをアピールしてい るようにも思えます。

 中身はいい意味で「相変わらず」で,当 時の編集長であるMichael K. Jonsonのペ ンによる,“Kernel Korner”(単なる言葉 遊びでしょうが,なぜかCornerでは なくKornerと綴られています)とい う連載が始まっています。第1回目のテー マはパラレルポートにアクセスするデバイ スドライバの作例です。

現在

さて,以上で回顧は終りです。現在のLJ誌 では,Phil Hughes氏が第3号で明言したよ うな,LinuxのUNIXビジネス市場への参画 を推進するような記事がコンスタントに掲 載されるようになっています。なんせ, 1996年 6 月号(通巻第26号)の表紙には“ LINUX MEANS BUSINESS”*1と大書してあ るんですから。今後の LJ誌では, Linux を実際のビジネスに導入した企業における 成功事例のレポートがコンスタントに掲載 されるようです。ただし,先述した Kernel Korner のような渋いコーナーも, 執筆者とテーマを交替しながら依然として 続いています。同誌に興味を持った方は定 期講読されると良いでしょう。

*1 ところでこのスローガンの翻訳はちょっと 難しい, mean business は「〜を真剣に 取る」という意味の成句なのですが,これ を「 Linuxは本気です!」などと訳すと肝 心のBUSINESSというワードが消えてしまう …。

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